歯科技工所事件に見る業種区分判定の諸問題

歯科技工所事件の概要

X社は、歯科医師から依頼を受け、歯科技工所を営む会社であり、歯科技工士法に規定する歯科医師の指示書に基づき、材料業者から購入した樹脂剤を自己の機械で加工して、「歯科補てつ物等」を製作し、これを業者から購入した人工歯等を結合させて義歯等を作成し、歯科医師に納品している。X社は、消費税等の申告に当たり、簡易課税制度を選択し、事業区分を第3種事業として申告した。

しかし、X社の申告書の提出先であるY税務署の税務署長は、本件事業は第5種事業であるサービス業に該当し、X社の申告した確定申告にかかる控除対象仕入税額控除額は過大であるとして、更正処分等の決定を下した。X社はこれに対して不服として審査請求をしたが、国税不服審判所は審査請求を棄却する裁決を下した。そこでX社は、名古屋地裁に更正処分等の取り消し訴訟を提起した。同地裁はこの訴えを認容する判決を下した。当該地裁判決を不服としたY税務署長が控訴した結果、本件高裁判決では逆にY税務署長の請求が認容され、最終的に上告された最高裁も上告不受理の決定をした為、X社の敗訴が確定した。

本件地裁判決要旨

名古屋地裁判決(平16(行ウ)第56号)の要旨は次のとおりである。

税法上の用語は、当該法令ないし、他の国法によって定義が与えられている場合は、これによるべきことは当然であるが、そうでない場合には、原則として、日本の通常の用語例による意味内容が与えられるべきである。日本の通常の用語例によると、製造業は「有機又は無機の物質的、化学的変化を加えて新製品を製造し、これを卸売又は小売する事業」と解する。消費税法および同法施行令において第3種事業及び第5種事業に属する各事業自体の内容を明らかにした定義規定が存在しないことから、消費税法施行令57条5項3号に規定される製造業は、「有機又は無機の物質的、化学的変化を加えて新製品を製造し、これを卸売又は小売する事業」とし、他方、同項4号ハにいうサービス業とは「無形の役務の提供する事業(不動産業及び飲食業に該当するものを除く)」とすることが相当である。すなわち、製造業とサービス業は、その給付の対象が有形物(物質的)か無形の役務(非物質的)かによって判断すべきものである。本件歯科技工所が営む歯科補てつ物の作成は、有形物の作成をもって業務が完了する。また、「歯科技工士」は、患者と直接、接することが禁止され歯科技工所で作業が行われており、原材料をもとに患者の歯に適合するように成形した補てつ物を納入し、これの対価として一定の金員を受け取っているのであるから、「有形物」を給付内容とする事が明らかであるので、歯科技工士の行う事業は「製造業」に該当する。

本件高裁判決要旨 

本件の高裁判決(平17(行ウ)第45号)では、「憲法84条は、租税法律主義の原則を定めており、課税要件を満たすか否かの判定については、その内容が多義的でなく明確かつ一義的なものであることを要求している」としつつ、「納税者の社会生活は千差万別であり、その生活上おこりうる事象について全てを法律により一義的に規定することは不可能であり、その内容の明確性について一定の限界があることもやむを得ないというべき」という見解を示し、「租税法の解釈については、当該法令が用いている用語の意味、内容が明確かつ一義的に解釈できるかをまず検討することが必要であり、それができない場合においては、立法の趣旨目的及び経緯、税負担の公平性、相当性等を総合的に勘案して検討した上で、その用語の意味・内容を合理的に解釈すべきである」という検討方法を示している。この見解より、「第3種及び第5種事業に属する各事業自体の内容を明らかにした定義規定は存在しない」こと、「製造業及びサービス業自体の意味内容が法令によって明らかにはされていない」ことを指摘し、広辞苑等の辞典における用語の意味も検討材料とした。

さらに、そもそもの簡易課税制度の立法趣旨及び改正経緯に立ち戻り、平成14年における政府税制調査会の税制改革答申において、「基本的にはすべての事業者に対して本則の計算方法による対応を求めるべきである。」としていることや、「免税点制度の改正に伴い新たに課税事業者となる物の事務負担に配慮しつつ、簡易課税制度を原則廃止することが適当であるが、簡易課税制度については、事業者免税点制度の改正に伴い新たに課税事業者となる者の事業負担に配慮し、その適用上限を5,000万円に引き下げるに留める。」としたことについても考慮した。

続いて、通達基準や日本標準産業分類の改正経緯を検討し、歯科技工所において行われる事業がサービス業に該当する根拠として、「日本標準産業分類に代替する合理性・客観性を有する事業区分基準は見当たらない。」とした上、「簡易課税制度における事業区分の判定は、当該分類によって行われることについて合理性を有する」こと、「歯科技工所の事業は、歯科医師の指示により歯科補てつ物に対して付加価値を与えることから歯科医療行為に関連する事業性質を有する」こと、「TKC指標における1企業当たりの平均課税仕入率・構成比に照らし合わせると、歯科技工所の仕入率は、50/100のみなし仕入率に近似する」ことから、総合的に勘案し、更に税負担の公平性・相当性をも加味すると、本件事業における歯科技工所の事業区分は、第5種である「サービス業」に該当するとした。

業種区分判定にかかる諸見解

まず、歯科技工業の業種区分はサービス業とする高裁における判断が正しいとする見解から考察する。

これは要するに、消費税法上、「製造業」・「サービス業」の定義がないというところに問題点があるとする見解である。定義規定がなければ立法論的に立ち返った上で、どのような結論として導かれるかが重要である。裁判にあって裁判官は、該当する法律が存在しないということを理由に裁判を拒否することはできない。この場合、裁判官がその事件に適合する規範を発見し、又は規範がないならばそれを創造することにより判断を下す必要がある。本件は正にそれにあたり、歯科技工所の業種区分は、消費税法上サービス業であるという判例法の形成がとられている。

本件納税者は、歯科医療の一端を担う技術者であり、その提供するものが有形物であったとしても、その有形物を借りて技術を提供している。これは、歯科補てつ物の納入価額に相当程度の技術料を提供しているとみることができる。また、本件について、岩下忠吾氏は、「簡易課税制度の中小企業者の事務負担軽減という立法趣旨から、類似同業種の仕入れ率を考慮したうえで、みなし仕入れ率を算定することは、制度趣旨から外れているという見解はあるが、公平負担の見地から、簡易な記帳で簡易課税制度を受ける者の方が、複雑な記帳をして本則課税を受ける者よりも、その税負担が低くなることは、弱者の甘えであって、本来は簡易な記帳を選択した者は、複雑な記帳を選択した者よりも、その税負担が重くなることが公平でないかと考える。歯科技工所を営む事業については、7割の仕入れ税額控除よりも5割の仕入れ税額控除を適用することが妥当である。」と高裁判決を支持する意見を述べている。

次に、歯科技工所の業種区分は、製造業とする見解を示す。「租税法の定義は当該法令、又は他の法令によって定義付けられていない場合には、原則として日本語の通常用いられる意味によって解釈することが法的安定性と予測可能性を与える。よって、本件地裁判決で指し示すように製造業を通常の用語例により解釈し、これを歯科技工所の事業に照らし合わせることで製造業のみなし仕入率100分の70とする地裁判決を支持するものである。」

両説を比較してみると、具体的に例示されている事業区分に当てはまらないいわゆるグレーな事業区分の場合、一見、高裁判決における実際の仕入率に近い事業区分であることが望ましいとも思える。しかし、法的安定性を重視した地裁判決による結論が租税法律主義の観点から筋道として一貫していると考えられる。高裁判決による結論は合理性を重視するあまり、租税法律主義を無視してしまった判決との批判を免れないのではないか。また、税理士の長谷部光哉氏によると「税負担の公平性・相当性の根拠としれ示されたTKC経営指標を基礎とした仕入率は、その算定上、減価償却を含めてはいるが、設備投資に係る課税仕入額を加味したものではないことから税負担の公平性・相当性を論ずるにはデータの提示が十分とはいえない」とし高裁判決に異を唱えている。

結論から述べると筆者も同様に考える。

そもそも、簡易課税制度における業種区分は、税の実務界に身を置く筆者のような者でも判断を迷う難易度の高いケースが度々ある。まして専門的知識を持たない一般の課税事業者に対しては、明確な判定基準を申告の前段階において示していくことが必要であると考える。仮に合理性を重視して今後は歯科技工所の事業を第5種とすべきであると判断することとする場合には、その法的な根拠を明確に指し示す必要があり、そのためには、現行の事業区分についてさらに細分化又は明確化するとともにその仕入率を実際仕入率に適応させるべきであると考える。