そもそもわが国の消費税制度における中小事業者に対する特例制度は、特定の事業者のみを優遇するものであり、「税負担の公平」という観点からは問題があるという指摘があります。しかし、「税の公平」という言葉を単に「税負担の公平」と捉えるのであれば、結果として不公平な制度とならざるを得ないです。税務会計実務の世界に身を置く身としては、実際に事業者間の事務処理能力の大きな差を痛感しており、この実情を無視して「税負担の公平」のみを重視する考えは、理想論にすぎないのではないでしょうか。「税の公平」を実現するためには、「税負担の公平」という、「形式的な平等」だけでなく、「納税事務負担の公平」という、いわば「実質的な平等」という観点が不可欠であり、事業者間に事務処理能力に大きな差が現実に存在している以上、中小事業者に対する特例制度は必要であると考えています。
そして具体的に簡易課税制度について見ると、本則課税は、帳簿保存・記帳体制についても厳格な処理が要請されることとなるが、簡易課税を選択している場合は、簡易な帳簿体系で済まされ、この恩恵を受けている事業者は少なくないと考えられます。一般の法人については、ある程度の帳簿保存・記帳が整っていることを期待できるとしても、個人事業主等の小規模零細事業者については、相当の準備期間を設けるか、又は専門的知識を有する者を新たに雇用又は外注するといったことで対応せざるを得なません。このような事業者に即時、そのまま本則課税方式を求めるのは実態上無理があり、適当ではありません。
ほかには、免税であった事業者が新たに課税事業者となった場合の特例的位置付けとしても簡易課税制度の存在意義はあります。
また、ドイツやイギリスについては、業種区分が細分化されており、ドイツにおいては52業種、イギリスにおいては55の業種に分類されています。この点、わが国では5業種に区分されるにとどまっているものの、納税事業者がどの業種に区分されるかについて問題点が多いことはこれらの諸国と共通しています。事業区分を細分化したとしても、簡易課税である以上、「平均的」仕入れ率とせざるをえず、完全な益税の排除は制度上困難です。従って、簡易課税制度の適用によって発生する益税額を全体として押さえつつも、制度趣旨を達成すべく、定期的に実態調査をして見直すことを法制上組み込むことが必要となってきます。実態調査を行うことで、みなし仕入れ率は現行のものよりも低率となることとなり益税額を押さえられます。これにより、簡易課税制度の有利・不利判定といった損得計算を行った上で簡易課税制度を採用するか否かといったような本来の制度趣旨とは外れた現象、簡易課税制度に対する不公平感を解消することができます。また簡易課税制度の必要性が認められる以上、業種区分について実態調査を組み込む等の改善を加えた上で、透明性・予見可能性を確保するために法令による明文の規定を設けるべきです。
近々行われると予測される消費税の大改正の際には、税率の上昇に伴い、複数税率制度が導入される可能性もあり、その場合、これに伴って消費税額の計算が、より一層複雑化します。大改正の際には、消費税のこれまでの問題点を克服する制度を構築しなければならないが、同時に、維持すべき制度もあります。たとえば中小事業者の事務レベルに応じて選択できる現在の簡易課税制度は、それを真に必要とする事業者に限定した制度として修正の上、存続する必要があります。