質問には必ず意図がある
税務調査では、税務調査官がいろいろと質問をしてきます。なかには雑談のような雰囲気で話を切り出されることもありますが、これらの会話も含めて、すべて税務調査官の意図があって聞いてくるものです。
たとえば、起業の経緯を聞かれることもよくあります。学校を卒業して、どんな職業を経験し、どういうきっかけで独立起業したのかなどです。
「社長は○○大学を卒業されたのですよね?」
「開業されたのは何年ですか?」
など、いかにも雑談のようですが、税務調査官は経営者の人生を知りたいわけではありません。収入がないと思われる時期の収入源は何だったのか、実はまだ明かしていない収入があるのではないか、などを調べています。
会社や工場など職場の家賃はもちろん、自宅の家賃を聞かれることもあります。生活水準を推測して、たとえば「生活費が毎月100万円ほどなのに、役員報酬が60万円」であったら、どこから補てんしているのかを確認するわけです。売上の一部を計上せず、自分の懐に入れて生活費にあてているのではないか、という見方をしてきます。
安直に話をしてしまうと重箱の隅をつつかれかねませんので、注意する必要があるということです。この対策には、リハーサル、つまり予行練習をするのが一番です。
新人の税務調査官は、代表者に関するシ-トを持っていて、これがマニュアルの役割を果たしています。このようなシ-トの欄を埋めることで、聞き漏れのないようにしています。
聞かれる内容は確定申告書に添付する事業概況書に書かれている内容が多いです。そのため、経営者の解答と事業概況書の整合性も確認しています。そういった意昧でも、申告書や事業概況書については、経営者本人が確認しておかなければなりません。
税務調査官のインタビュー内容と質問意図
税務調査官のインタビュー内容と質問意図は次のようなものです。
・職業(仕事の内容)について
仕事内容以外の収入がないか?
・経緯(いつから事業を開始したか? 社会人になってからの職歴、事業のきっかけ)
調査の中で、収入がないと思われる時期の収入源は何か?
・開業年月日(事務所の異動時期、異動の理由、自宅の状況)
他の事業所の売上はないか?
・従業員数
架空の人件費、がないか?
架空の外注費がないか?
・家族構成(年齢、出身、同居、生計等)
専従者給与に該当しないか?
家族給与に実態があるか?
・支払い家賃(自宅、事務所)・ローン残高等
経営者の生活費の算出、役員報酬以外の収入がないか?(たとえば売上の一部が直接、経営者の生活費になっていないか?)
・主な取引先
売上、仕入れの計上漏れがないか?
請求の締め(取引頻度等)
・経理処理が発生主義になっているか?
決算手段(現金、手形、小切手、相殺の有無)
現金決済がある場合には現金の流れ
・現金支払い決済の場合には架空の可能性はないか?
現金決済の場合には領収書の確認
相殺取引を純額計上して消費税・課税売上高が過少になっていないか?(消費税の課税事業者・簡易課税制度の判定等)
・取引銀行
売上の計上のモレはないか?
積立金等の有無は?
個人の借入の有無
・生活実態の把握
記帳状況(帳簿作成は誰がしているか・入力した証還類を誰に確認するのか?・会計ソフトに伝票番号はあるのか?会計ソフトは何か?)
・申告状況(誰が申告したのか?決算内訳書の各勘定科目はどのように集計したのか?)
・隠ぺい仮そうや偽りその他不正の行為はないか?
経費の領収証の保管
・領収書のないものについて実態はあるか?(所得税・法人税)
・領収書のないものについて仕入税額控除の否認(消費税)
・賃金(架空人件報酬はないか?)
・本人確認(免許証等)
これらの意図を汲みながら、事前にリハーサルしておけば、調査当日になっても慌てることはありません。
税務調査でもめるポイントは大体同じ
納税者と税務調査官の「正しさ」は違う。
経営者にとって、業績が上がれば役員報酬に反映するのは当然のことです。逆に、業績が悪いときには役員報酬を下げ、乗り切ることもあるでしょう。手にする報酬は毎年、同じではないのが、経営者の常識であり、「正しさ」です。
かたや税務調査官は公務員です。彼らは年功序列で、階級に沿った給与を受け取っています昇給はありますが、それをのぞくとほぼ毎年同じ額の給与で生活しています。給料が2倍、3倍と急激に増えることはあり得ない話。これが彼らの常識で「正しさ」です。
つまり、経営者と税務調査官は、立場が違いによって異なる常識の中で暮らしているため、異なる「正しさ」を持っているということです。税務調査では、この正しさがぶつかり合ってしまいます。
給料以外にも、正しさのぶつかり合いはあちこちにあります。経営者は同業者とのつき合いを経費と考えますが税務調査官にとって飲みに行けば自腹が当たり前。月の小遣いは3~5万円くらいでしょうか。
このような世界で生活をしているため、経営者の価値基準を「正しくない」と判断しがちなのです。
ただし、この「正しさ」は、税務調査官が間違っているわけではありません。経営者、税務調査官のどちらの正しさにも理があるのです。
そのため、税務調査では、税務調査宮の正しさを知った上で対応することが大切です。自身の正しさを主張するのは問題ありませんが、真正面からぶつかるのではなく、相手の正しさを知ったうえで、こちらの正しさについて理解を求めていくぶつかり合いをうまくかわしていくことが大切と言えます。
たとえば、経営者が高級車を2台所有しているとします。税務調査官の目には、その2台目の高級車は不要と考える可能性があります。そのため、2台目の高級車が事業に必要である理由を説明できる準備をしておく必要があります。
税務調査でよくある攻防
税務調査官の「正しさ」をより深く理解するために、税務調査でよくある攻防について紹介しましょう。
税務調査の立会人に関する攻防
公務員には守秘義務があります。そのため、税務調査には原則、経営者・経理部長等の社内の人、税理士しか立ち合うことができません。
ただし、原則から外れてしまいますので、第三者がいると税務調査官が守秘義務の観点から調査を始めないと主張する可能性があります。
なお、第三者は税務調査において、税務に関する主張をすることはできませんので、注意してください。
無予告調査に関する攻防
事前通知は法律的な要件とされていませんが、無予告で税務調査が行われるのは、経営者にとって気持ちのよいものでもありません。ただし、任意調査ですから、合理的な理由があれば、日程を変更することができます。
帳簿書類等の開示に関する攻防
税務調査には直接および間接的に関係のない契約書、重要書類や機密文書等を開示する必要はありません。
調査の目的を達成するために必要であるときに限り、事前通知した期間以外の期間(進行期分を含む)にかかる帳簿書類その他の物件は開示する必要があります。
基本的に、税務調査官が合理的に判断して必要と認められれば、反面調査をすることができます。あくまで調査官の判断であることがポイントです。また、合理的かどうかの判断を納税者や経営者に説明する必要はないと言われています。
ただし、本当に必要かどうかの検証と実害がある反面調査は、あらかじめ税務調査官に伝えておくべきです。たとえば反面調査がなされることで、取引が中止される、契約破棄されるケースもあるでしょう。最悪、そうなった場合には、損害賠償を検討することも可能ですが、そうならないためには、あらかじめ反面調査をしてほしくないところを事前のミーティングでリストアップし、1日日の調査の初めに税務調査官に伝えておくことも可能です。
帳簿書類等の留置きに関する攻防
経営者が同意すれば、必要に応じて帳簿書類等を留置きすることができます。拒否した場合は罰則規定もありますので、応じるのが基本だと考えておきましょう。
ただし、進行期の通帳や印鑑、記帳する際に必要な書類など、必要な場合にはいつでも返却してもらうことは可能です。資料を会社内で見てもらうより、税務署で調査してもらうほうが早く終わる可能性が高いので、積極的に留置きしてもらうのも方法の一つです。
税務調査官の態度に関する攻防
脅しによる署名捺印の強要、誘導尋問、罵声など、税務調査官の威圧的な態度は、国税通則法74条の2で禁じられています。
録音に関する攻防
録音は後から事実確認をするのに便利ですが、一般的に民事事件、民事訴訟においても証拠力が低いとされています。また、原則守秘義務の観点から税務調査では認められていない行為でもあります。露骨に録音装置を机の上に置いておくと、税務調査官に「守秘義務がありますので税務調査が始められません」と言われるでしょう。そのため、基本的にはお互いの信頼関係のうえで、録音はすべきではありません。
従業員への質問に関する攻防
税務調査官による従業員への質問は、原則、税務調査官の合理的な判断があればできるとされています。ただし、税務署の解説書「税務調査における法律的知識」には、「あらかじめ代表者の了解を得たうえ、代表者から協力するよう指示してもらう」とあります。これは内部通達に近いものなので、もし税務調査官が勝手に従業員に質問するようなことがあれば、記録しておきましょう。
『税務調査における法律的知識』は平成四年に情報開示されていて、手にすることができるものです。あらかじめ入手して、「なぜこれに基づいて調査しなのですか」などと質問するのも方法の一つです。
黙秘権に関する攻防
納税者は都合の悪いことは話さなくてよい、黙秘権があると誤解している人がありますが 黙秘権は憲法第38条で「刑事事件に関する不利益の供述拒否権」を規定するものです。税務調査は刑事事件ではなく、税務申告に記載された所得税等の計算が正しいかどうか国税当局が確認する手続きですので黙秘権は認められません。
一方で税務調査では納税者の受忍義務があります。これは調査を受けなければいけないという義務で、罰則による履行を強制されています。自己申告した内容が正しいと説明する真実応答義務もあります。つまり、税務調査では黙秘権は使えず、きちんと正しく応答しなければいけないわけです。
税務調査の理由に関する攻防
税務調査を行うかどうか、合理的必要性の判断は税務署の裁量に委ねられています。この理由を開示しなければいけないという法律上の規定はありません。つまり、理由を伝える必要はないということです。
もちろん、納税者にとっては「どうしてうちに税務調査が入ったのだろう」と気になるところですし、今後税務調査が入るのを防ぐためにも理由を知りたいでしょう。そのため、聞いてみるのは問題ありません。
ただし、税務調査官にはその質問に答える義務がなく、また答えてくれでも本当とは限らないことを知っておきましょう。人のいい税務調査官は教えてくれたりしますが、「前回から5年たちましたので」「今回は売上が上がったみたいで」などと、ありがちな回答しか得られないことが多いです。
自宅の立ち入りに対する攻防
調査に必要と判断される場所については、納税者の協力を得るために調査の必要性を説明し承認を受けたうえで調査を行うことができます。これは、無断で入ることはできないという意昧でもあります。
進行期の調査に関する攻防
法律では、「法人税に関する調査について必要があるとき」と規定しています。また、「特に行使時期について制限していない」ともあります。仮に確定申告前に税務調査されたとしてもそれで納税者の自己申告権を侵害したものとは言えません。
税務署からの書面に関する攻防
税務署から送られてくる「取引状況の照会」などは、反面調査に関する質問検査権を書面で行使したものです。必ず答える必要があります。
一方で「○○のお尋ね」などは、質問検査権の及ばない単なる協力要請、行政指導ですか法律上は必ず対応しなければいけないわけではありません。もちろん対応したほうがスムーズですが、これは答えなければいけないものか、そうではないのか、判断・選択して対応しましょう。
留置きに関する攻防
基本的に、留置きは納税者の承認が必要です。
以上が税務調査でよくある攻防です。事前に税理士とチェックしながら、準備しておくことをおすすめします。